思いがけない秋の空
A
 



          



 前から予定があった訳じゃないお買い物。ついさっきのお昼時に申し渡され、そのまま引っ張られるようにして向かった街角で、大好きな人と偶然出会ったら。ねぇ、あなただったらどうします?


 ハロウィンから次はクリスマスへと、その装いを変えつつある晩秋の街。本場アメリカではその間に“収穫感謝祭
(サンクスギビング・デイ)”が挟まるそうで。そう、あの、ニューヨークでバルーンパレードがあって、七面鳥を食べる日ですが。まだそこまではネ、西洋舶来の真似っこも浸透してない、ちょっとした繁華街の平日の昼下がり。ほどほどの人の流れがぽつぽつとある中、どこやらから流れて来たBGMは、今年話題になった映画のサントラらしかったけど。そんなことさえどうでも良かった。だって本当に思いがけないこと。じっとしてられないくらいに、嬉しいことがあったんだもの。
「小早川。」
 名指しで声をかけられるほど、先へ先へと進み過ぎてたことに気がついて、
「あ…えと、すいません。」
 妙に浮かれて、はしゃぎ過ぎている自分にも気がつく。いけない、いけないと取り急ぎ、まるでお散歩中の仔犬が飼い主様に呼ばれたように、パーカージャケットのフードを背中で撥ねさせながら、すぐ傍らまでたかたかと駆け戻れば、

  「あ…。////////

 ぽふりと。髪の上へ乗っかった優しい重み。そぉっと見上げると、叱った訳じゃあないぞと、深色の瞳が見下ろしてくれていて…ホッとする。進さんの手は大きくて。こやって髪を頭を撫でてもらうと、小さな子供みたいに嬉しくなる。えへへ…なんて笑えば進さんも小さく笑ってくれて。重厚な存在感のある大人びた人が、なのにこちらへ釣られてくれたこと、それが何故だか…幼い子供に戻ったように嬉しくなる。試合中とかは断然怖い人なのにね。怖い…というか、脅威というか。少なくとも捕まっちゃああいけない手なのにね。フィールドを離れると、まだどこかぎこちないところもなくはなく。さっきの桜庭さんみたいな大胆には到底なれないボクらだからね? 降ろしてた手の甲同士が、こつりと触れただけでもドキドキしちゃって、あのね? それでついつい歩調が早まってしまったほどだもの。………あ、でも。そんなしたのが、進さんには失礼だったのかしら。そぉっと見上げると、ううん、違うよね。とっても優しいお顔だもの。
「………vv ///////
ちょっぴり照れながらもされるままになっていると、
「もしかして…。」
 進さんが呟いた。何にか気がついたというようなお声であり、
「はい?」
 キョトンとしたお顔を、今度は素のまますんなりと上げると、
「背が伸びてはいないか?」
 そんな一言を下さって。途端に、瀬那くん、はややと小さな肩をすくめて見せた。
「…はい。///////
 あやや、凄いなぁ。判っちゃうもんなんですねぇ。ちょっぴり恥ずかしそうに笑って見せて。あのあの、秋になって衣替えだって引っ張り出したお気に入りの長袖シャツが何枚か、肩周りとかキツくなってたんですよう。ボクはランニングバッカーだから、あのそのそんなにも重点的には、上半身へって筋肉をつけるようなトレーニングは積んでないし。太ったのかなぁ、でも、ズボンのベルトのサイズは変わってないし。何でかなぁって首を傾げてたら、それは太ったからなんかじゃないぞって十文字くんから言われて。あ、十文字くんとは大学までいつも一緒の電車に乗ってるんですよね。それで、毎朝のように間近にボクの頭の天辺が来るのを見てるから、いつからか まではさすがに判らないけど、気がついてたって。そんな風に言われて、久し振りに測り直してみたら………2センチほど伸びてました。
「大学生になってから伸びるなんて、成長期自体がオクテだったんだなって蛭魔さんから笑われました。」
 あはは…と、本人も小さく笑ったものの、
「………。」
「…進さん?」
「あ、ああ、いや…。」
 自分の表情があまり動かないのはいつものこと。なのに、この子はいとも容易く、何の感慨もない顔なのか、何か言いたいが黙っている顔なのかを、見分けてしまえるから。
“顔に出てしまっていたらしいな。”
 この小さなセナの周囲には、そりゃあ多くの仲間たちがいて。実はこんな確執があったとか、最初から仲が良かった訳ではないとかいう事情を後になってから聴くにつけ、なのに…今では顔見知りや友達以上の存在、互いを叱咤激励し合い、その結果として見込んで頼みにする“仲間”になった彼らなんだと知ることがそのまま、彼らの絆の堅さとそれから、セナという少年には蛭魔とは別口の求心力があるらしいことを、しみじみと痛感させられる。そうして…みっともないことながら、セナの間近にいつもいる彼らへと仄かに嫉妬心を抱くこともあるほどで。

  “それほどまでの存在なのだから…。”

 仕方がないではないかと自分にも言い訳。初めの最初からという長い長い間、誰かではなく、まずは自分自身に勝てなくてどうするかとして来た進であり。その方が妥協出来ずに終着点もない、とっても難しいことですのにと、セナはいつも感心してくれるけれど。では。そのセナが視野の中へ鮮烈に飛び込んで来てからの自分はどうだったか。誰かを目指し、誰かを見据え、取っ捕まえて凌駕したいとしのぎを削り合うこと。あまりに近目なそれを、浅ましいとまでは思わなかったが、それでも…誰ぞがあって始まるような鍛練には違いないと思ったし、僭越傲岸な言い方ながら追いたいと思った対象がそれまでの自分にはいなかった。

  ――― だから。

 誰かへ関心を寄せ、視線で追うこと、叩き伏せてやろうと見据えることへ初めて心を動かしてみて。それが…何と鮮烈にして激しいことか、心焦がすほど狂おしいほど盲目的に、相手しか見えなくなることかを思い知った。本人はこんなにも小さいのにネ。いつだって果敢で、そしてどんな障壁でも乗り越えてしまう、柔軟で強かな存在。第一印象のまさに“素人”だったそこから始まった“成長”は、その余地を果たしてどこまで秘めているのやら。決して諦めない気概や覇気も底知れぬ彼は、通り一遍な“脅威”なぞという生易しい存在じゃあない、いっそ“恐怖”の対象としてもいいと、心から実感するまでにさほどの時間は掛からなかったと思う。

  ――― そして。

 誰かのことを思うことが、そんな精神感情がこんなにも…胸や喉を締めつけたり、体内の奥底へ熱を起こす鼓動を速めたり、気掛かりのせいで眠れない作用を齎
もたらしたり。目に見えて体を支配する反応をも生むのだということも初めて知った。小さきものにわざわざ意識を留めて、そのささやかで切ない“精一杯”を愛らしいと思うこと。これまでは見向きもしなかったし、理解出来ずにいたことをそれで構わぬとしていたそれやこれやだったのに。最初のうちは恐縮して怯んでばかりいたものが、笑うようになればこちらも嬉しくなった。他愛のないことへ驚いたりすれば、何に心を弾かれた君かが知りたくなった。コトによっては誰かの身になって深く考え込んだりもし、いつだって懸命になってパタパタと駆け回っては、それはくるくると表情を変えるセナという存在の、大きな瞳が見ている世界を知りたくて。そして、

  ――― そんな切っ掛けがなければ。

 自分からはきっと、知ろうともしなかっただろう、そしてそれで差し支え無しという…もしかすると高みではあれ随分と狭い世間しか知らぬ人間になっただろう、そんな自分だったことを思い知らされもした。季節の移ろい、そして…誰かを愛しいと思うこと。そんな誰かをこの両腕
かいなにくるんで守りたいと感じたことも初めてならば、かといって独りよがりな独善的ではいけないのだということも、少しずつ少しずつ、体験から教わって来もした。強引が過ぎては壊しはしないかと大切に扱い過ぎては、却って…セナのような子は萎縮し、過分に気を遣わせているからと身を離そうとさえ考えるのだとか。言わなくても分かってくれる相手だという過信が過ぎれば、それはずぼらと変わりなく。気持ちが届かないばかりか、時にそれがセナを不安にさせもするのだということとか。
『進さんはボクを買いかぶり過ぎです。』
 ちょっとしたことにおどおどしちゃうし、相変わらずに自信が持てないし。そんな風に言うのをなかなか辞めない彼は、これこそ相変わらずに彼自身へとなかなか目を向けない人だから困ったもの。

  “これもまた、大学生になったからということか。”

 いかにも覚束なく、稚さそうにも見えていたものが。わずかながら背丈も伸び、大人びて線も伸びたせいだろか、面差しやら手元の所作やら、撓やかな印象が強まったような気がする。何につけすぐにおたついては、わたわたと寸の足らない手足をばたつかせて駆け回っていた、そんな印象があったのに。すっかりと落ち着いて、今だってほら。僅かほど小首を傾げ、いともやさしい姿で自分を見上げて来ているではないか。彼が口に上らせた幾人かの“仲間”へと、ちょっぴり嫉妬してしまった浅ましい自分がいかに小者かを思い知り、何とも恥ずかしくなるほどに。

  「進さん?」

 何事かへ思いを馳せてらしたみたいな進さんは、でも、話すほどのことでもないと思われたのかな。ちょっぴり、かすかに、目顔にてかぶりを振って見せると、もう一回髪を撫でてくれてから、さあ行こうかと促したから。二人、いつものコーヒーショップへと向かうこととなる。途中の広場には、これも楡の木へ飾りつけ途中の“ツリー”があって。買い物客の小さな子供などが、興味津々というお顔でそんな作業を飽きもせずに見守っていて。そちらへとついつい、セナまでもが視線を向けていたところ、足元お留守になってしまったか、敷かれたレンガの縁に躓き、
「…っと。」
「あ…。///////
 久々に頼もしい腕が抱きとめて下さって。
「あ、あ、あの…あのっ。ありがとうございますっ。////////
 もう飾りつけてるんだ、早いなあって見とれてしまって。陽が落ちても人通りがある場所だからでしょうね、明かりが点いたらきっと綺麗だろうなとか思ってしまって。それであのあの…。

  「今年もまた、ダイオードの明かりの飾りつけが多いのかなぁって…。」

 口にしながら、ハッとした。そうだ、これって、さっき蛭魔さんと話してたのと同じことだってば。ボクってホント、中身がない子だと、しょぼぼんと肩を落としかけたら、あのね?

  「青いイルミネーションは、何だか寒々しい色だったな。」
  「あ…。」

 ちょっぴりしか言葉には乗せなかったのにね。セナくんが思い出したのも、実はそう。他でもない、昨年のクリスマスの当日のこと。進と二人で映画を見て、それからお食事をして。まだ少し一緒に居たくてと、雑踏の人波に混ざり込み、そぞろ歩いた街中を、いかにもクリスマスVer.の光の洪水が、これでもかという勢いにて埋め尽くしていたのだけれど。暖かみのある、白熱灯の明かりの方が何だか好きですと言ったセナへ、進さんもぽつりと呟いた。奇遇だなと。自分も、この色は何だか寒々しいと思ったと。宗教的な厳かな装飾だから、厳粛さを込めてこういうトーンなのかなと思っていたと。そんなやり取りをしましたねって、何となく思い出したセナでもあったから。さっきは蛭魔さんからのズバリというご指摘へ真っ赤になってしまったのだし、今は今で、

  「〜〜〜〜〜。/////////

  「…? 小早川?」

 大きなお兄さんの羽織ってた、柔らかなタイプのバックスキンのジャケットの懐ろへ。長い腕にて掻い込まれたまんまで…その耳まで真っ赤になった小さな韋駄天くん。大きな手でぽふぽふと、髪やら肩やらよしよしって宥められ、暖かな想いに小さなお胸がほこほこ温められてそりゃあ幸せな、思いがけない晩秋のひとときを堪能していたのでございます。







            ◇



 街なかのこんな往来で、しかも肩を貸すどころじゃあなく、体を丸ごと抱えられただなんて。蛭魔にしてみれば、ちょっぴり不覚なことだったけど。幸い、本当に人の通らない一角だったので、誰ともすれ違わなかったのが助かったなと思ったし、
“〜〜〜〜〜。///////
 なんて頼もしいのかなと、自分を余裕で腕に抱えてる桜庭へ、あらためて…少しほど感心してもいたりする。いくら痩躯だとはいえ、日々、きっちりと鍛えているのだから、それなりの重さはちゃんとある、成人男性なんだというのに。
『あ、妖一、バイクで来たの?』
『いや。』
 そか、そうだよね、セナくんと一緒だったんだし。それじゃあ、僕の車で帰ろうね。あ、それと、実家に帰るつもりだったのかな? それとも、マンションの方? マンションね。了解しました。てきぱきと言って、一度も立ち止まりはせずに。颯爽とという等身大見本が肩で風切って胸張って、そりゃあ昂然とした態度と足取りで歩いて行って。辿り着いたる駐車スペース、リモコンキーでドアを開いてから、助手席へと降ろした蛭魔へ…小声で訊いたのが、

  『襲撃
(アタック)じゃないから僕が送ってっても大丈夫だよね?』

 忘れちゃいけない。そもそも何でまた、本人の自負も頼もしく、団体球技をこよなく愛す人なのに。どうしてまた、ああまで過激な性格もあらわに、人を寄せつけない彼なのか。世間様には内緒の話ながら、時折とんでもない“厄介”が降って沸く身の人だから。それでの防御、寄るな触るなという障壁代わりの“悪魔の所業”の数々だったのにね。それと知っても、だから足手まといなんだよなんていう、良心へと訴えるような突っぱねられ方してもなお、頑張るから傍にいさせてと粘り強くも掻き口説いたほどのアイドルさんだったりしたからね。こうやって包み隠さず訊いたのも、回りくどい接し方はそのまま彼の側からの距離をも作らせる元だと重々知っているからのこと。いかに尋常ではない事態なのかを常に忘れてないよな気構えは、実際にコトが起こった時に、彼にどれほど気を回させるか、そして…どれほど気まずくなることか。いっそ知り合いの夫婦喧嘩レベルでいた方が、
『ここんとこはねぇしな。』
『良かった〜。それが原因で連絡くれないのかって思ってたんだからね。』
 だってそろそろ年末調整とかあるじゃない。海外の事情になると、もう全然判らないしね。だから、世間様が色々と節目になるたび、こっちも色々勘ぐってましたと、正直なところを告げられるし…それから、あのね? 車の前をたかたかと回り、自分も運転席へと座を占めてから。素早く伸ばした大ぶりな手で、大好きな綺麗な手を捕まえて、

  『凄〜〜〜〜〜〜〜っごく、逢いたかった。』

 これもまたホントの気持ち。忌憚なく言って緩んじゃえるしvv そんなこんなと軽くいちゃいちゃさせていただいてから、早く出さんかとこづかれて。そろそろかなり慣れて来た運転で、懐かしいマンションに到着すれば。今度は…含羞
はにかむ気配もないままに、助手席から降りたところで堂々と“待って”おいでの彼だったりし。再びひょいっと抱えてそのまま、最上階のフラットへと真っ直ぐ向かう。安静にしてなきゃあなんて言ってたせいで、直行という勢いにて寝室へと向かいかければ、
『先に手当てしろよな。』
 懐ろからの命令が飛んだ。そういやそうです、何も二人がラブラブだからと抱えて来た訳じゃあない。見下ろせば…小さく苦笑っておいでの金髪の悪魔さんであり、
『…湿布貼る? テーピングもしておく?』
『もうあんまり痛くはないんだがな。』
 日頃よくよく鍛えている人が、そんな簡単に捻挫なんてしない。ちょこっと間を踏み外してしまっての、軽い突き指のようなもの。じんと痺れていた疼痛が収まったなら、あとは冷やしておけばもう大事はない程度だろうと、実は双方で判っていた二人であり。共犯者同士よろしくの、ちょいと怪しい笑い方にて視線を絡ませ、お顔を見合わせ。それからそれから………。



  「相変わらずにでかいガタイだよなぁ。」

 最近は地上波デジタルなんつって、テレビ画面の比率もハイビジョン仕様に横長になって来つつあるから。彼のようにずば抜けて長身だったりすると、画面に収まり切らなかったりし、ドラマなぞでは嫌がられてんじゃないかと問うたれば、
「今時は皆して背も高いからね。」
 殊に女の子たちは皆、脚長に見せるためにってミュールだのブーツだの、季節の別なくこぞってヒールの高い靴を履くしでサ。却って背丈があった方が、相手役には引っ張りだこだったりもするんだよんと。こっちの胸元に這わされていた、指の長い綺麗な白い手を捕まえて、口許にまで持ち上げ、薬指に嵌まった指環へそれはやさしく接吻し、指のお味見などする、精悍美形なアイドルさんであったりし。そんな彼が視線を外さないままでいる、やっぱり美麗なお相手さんは…といえば。大きめの枕の上にて寝乱れた髪は、とうの昔に、あの鋭角的だったセットをやわらかくほどいており。一つ毛布のその中で、お互いの肌の温みが溶け合ったそのまま寄り添い合っているのへと、たいそう和んだ眼差しをしておいでで。なめらかな線の頬と耳元から手のひらを伏せて、そぉっとそぉっと梳き上げれば。しつけのいい猫が何かしらの魂胆をひとまずは押し隠し、うっとりと眸を細めるようなそんなお顔をして見せて下さったりする妖一さんは、
「明日は空いてるの?」
「ああ。」
 小さく頷き、それからね?

  「今夜は夜通しのメール攻撃でも仕掛けてやろうかって思ってた。」

 それってそれって、もしかして。アイドルさんがやっぱり明日、一日フリーなのを知っていてのことでしょか? お仕事はなくとも大学の用事や何かがあるやもしれないからね、引っ張り出してまでの逢瀬となると…ちーと無理かも知れないが。徹夜にくらいは付き合えるだろうよと、そうと思ってくれた妖一さんだったりするのかしら? 相変わらずに周到で、素直じゃないけど…ちょっとはね、嬉しい言いよう、してくれるようになって来た悪魔様。
「…じゃあサ、あのサ。」
 今夜はお泊まりしてっても良いでしょうか。だってほら、妖一、あんまり足を使わない方がいいんだし。今更みたいに言い出せば、くつくつと可笑しそうに、それから…楽しそうに笑って見せる。すっかりと和んだ笑顔には、険もないまま、たいそうやさしく。見つめているだけでうっとりと、骨抜きに萎えたまま、声を無くしてしまうほど。
“こんな綺麗で素敵な人なのにね。”
 故意に乱暴者として振る舞って来た彼であり。もう そんなでいないでって諭したいような、けどでも、そうしちゃうと………。
“あっと言う間に“取り巻き”の山に囲まれちゃうに決まってるしなぁ。”
 だってあの進までもが、評価して見込んで、その上に、

  ――― 蛭魔には感謝すべきなのだろうか。

 セナを見い出し、半ば強引にアメフトを始めさせてくれたこと。そうでなければ自分たちは、一生かかっても出会えはしなかっただろうからと。至って真面目に進が口にしたことがあって、だが、
『言うと絶対に付け上がると思うから。』
 調子づいちゃって、セナくんへももっと尊大になっちゃうかもだよなんて。ちょっぴりオーバーに助言したことを思い出す。む・そうか、なんて納得していた進だったけど、セナくんがその場に居たなら“そうかな?”なんて怪訝に思われたに違いない。そんなことを恩着せがましくちらつかせるような人じゃあない。むしろ…誤魔化し半分に銃の乱射か何かして、そんな話は無しだ無しと、ご当人が一番に照れ隠しをしたがるのではなかろうか。

  “僕なんかよりよっぽど“大きい”人じゃないかよね。”

 甘え半分すりすりと擦り寄せられてる、こんなに細い双肩が、なのに大きく見える妖一って凄いと。間近に居ながらいつだって、舌を巻いて来た桜庭だったから。時にはハッタリも混じえていたが、いつだってそれはそれは屈強な意志と強靭な自負とを前面に押し出し、それらが醸す威容の凄まじさにより、誰もが平伏す存在たりえた人。自分なんて、もしかしたら。力になるどころか、単なる足枷にしかなれてないのかも知れないけれど。素のお顔で甘えてくれる、そうしてもいい場所だと、この懐ろに飛び込んで来てくれるのならば。精一杯の…それこそ一世一代のはったりをかましてでも、せめてせめて彼が世界一心安んじてくれる場所になれるよう、頑張らなくちゃと思う桜庭くんであるらしく。

  ――― 腹、減ったよな。
       何、食べたいですか?
       ん〜〜〜っと、鍋。
       いいねぇvv 材料あるか、見て来るよ。

 ブイヤベースとかじゃねぇぞ? うん。あ、でも、おでんは無理だからね。今からだと煮抜けない。コックさんモードに入りつつ、意気揚々と手探りでシャツを探して起き上がった気配へと、何かがばっさと覆いかぶさった気配が重なり。

  「何すんの〜〜〜っ。お腹空いてんでしょうにっ。」

 片やが非難のお声を上げたれば、

  「〜〜〜〜〜。////////

 おやおやvv ちょびっと照れ気味の、何とも甘露な蜜声がして。どうやら…主様、即席シェフ殿をごにょごにょと引き留めにかかってる模様です。すうっと息を引くように陽が去ったのと引き換えに、音もなく訪れた黄昏の中。こちらもこそりと息をひそめて、世間様からの逃避行。どちら様にもきっと忙しいはずの、新しい月はもうすぐですが。厳冬前の至福のひととき、それぞれに堪能し合ってる恋人さんたちへ。今は今だけは ひとやすみしても良いんじゃない?と。こそりと上ったお月様まで、やさしく囁きかけてるいい宵でございましたとさ。





  〜Fine〜  05.11.19.〜11.26.

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  *何だか妙に間が空いてしまった後半戦(?)でございましたが。
   厳しくもお忙しいだろう、冬本番を前にして、
   仲の良いところを久々に………vv

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